さくらの花が春霞を薄紅に染める今日、兵庫県立大学はここに学部学生1298名、大学院生507名、合わせて1805名の、個性豊かな学友を迎えることができました。
揺れ動く不確実な時代を弛みない努力で駆け抜け、さまざまな試練を乗り越え晴れてご入学、進学を勝ち取られたみなさんに、大学を代表して敬意と祝福を表します。また、みなさんをいつも励まし、成長を心待ちにされていたご家族や関係者のかたがたに、心よりお慶びを申し上げます。
本日の入学式には、兵庫県知事齋藤元彦さま、兵庫県議会議長山口晋平さまをはじめ、多くのご来賓のみなさまが、お祝いに駆けつけてくださっています。ご来賓のみなさま、若者の成長を見守ってくださった地域のみなさまに、改めて御礼を申し上げます。
兵庫県立大学は2004年、神戸商科大学、姫路工業大学、兵庫県立看護大学の、特色ある県立3大学が統合して発足、現在では6学部、9大学院研究科、5附置研究所、附属中学・高等学校を擁する、全国屈指の公立総合大学となっています。歴史の一番古い神戸商科大学の前身、旧制神戸高等商業学校の設置にまで遡ると、100年近い歴史と伝統を有し、在籍する学生・院生数は現在、約6,700名、これまでの卒業生・修了生は旧3大学を合わせると7万5千人を超えます。
本学が位置する兵庫県は、北から但馬、丹波、播磨、摂津、淡路の旧五国から構成されており、地域により気候・風土が大きく異なることから、日本の縮図と言われています。新入生のみなさんは、この広い兵庫県内に点在する、多様性に富んだ9つの全世代型キャンパスに分かれて勉学に励み、感性を研ぎ、誠実でたおやかな人間力を涵養することになります。
本学には多彩な学部・大学院構成に加え、本学の特色を活かした教育プログラムとして「防災」、「グローバル」、「地域創生」のリーダーを育成する3つの副専攻があります。学際的、課題探求的な学びを深め、学部の枠を超えた友人を得ることができます。
グローバル展開について、本学は東欧ルーマニアに日本の大学では唯一の常設サテライトオフィスを、同国トップのブカレスト経済大学に設置しており、今秋にはルーマニアと日本の大学間では初めてとなるダブルデグリープログラムを、ルーマニアアメリカ大学とスタートさせます。また昨年11月、タイ南部を代表するプリンスオブソンクラー大学プーケットキャンパスに2番目の常設オフィスを開設し、学生教職員の学術文化交流や国際共同研究を積極的に進めています。
学術研究領域では、本学はソーシャルデータサイエンス、高度産業科学技術、自然・環境科学、地域ケア開発、先端医療工学の5つの分野で附置研究所をもち、加えて、口径2mという国内最大級の「なゆた」望遠鏡や、放射光施設「ニュースバル」など、他大学にない大型研究施設を独自に保有、国際的な共同研究や産学連携の推進に活用しています。また播磨理学キャンパスや神戸情報科学キャンパスでは、世界最先端の大型放射光施設「SPring-8」やスーパーコンピュータ「富岳」と連携した教育・研究を展開しています。
クマやシカなど森林動物の保護管理や丹波竜で有名な「人と自然の博物館」、豊岡市の「コウノトリの郷公園」、淡路島の「景観園芸学校」、HAT神戸にある「阪神・淡路大震災記念人と防災未来センター」など多彩な兵庫県施設には、本学の大学院が併置されており、独創的な研究成果をあげるとともに、学生や市民を対象に幅広い学びの機会を提供しています。
ここで大学の存在理由について教育、研究、社会貢献の観点から少し触れておきます。
大きく変貌する時代と地域は、高度な専門性と深い教養、国際対話力とアントレプレナー精神を有し、自立したしなやかな知性を求めています。私たちは世界の学術機関と結び、学問の自由と調和を守り、そして、人々の間に壁を作るのではなく橋を架ける、他者に寄り添い痛みを分かち合うことのできる、地球の未来に責任をもつ若者を育てていきます。
研究では、世界が直面するさまざまな課題の解決に、尖鋭的、実践的な研究活動を通して貢献することです。科学技術に国境はありません。学際的研究のグローバルハブとして、地域社会システムの中核インフラとして、産学官市民連携による総合知でイノベーションを加速させ、大学発ベンチャーなどを通して、その成果を広く社会に還元していきます。
社会貢献では、豊かで多彩な未来社会のビジョンを示し、新たな価値と希望を生み出すことです。本学は、SDGsに謳われている"No one left behind(誰ひとり取り残さない)"の考え方を基底に据え、地域から信頼され世界に通用する学知の空間を目指して、学生ファーストの視点から創造的改革を進めます。
さて、私たちを取りまく世界は今、AIに代表される情報科学技術の急速な進展や、世界各地で激化する紛争、また地球的規模で生物多様性の危機が叫ばれる、将来の予測が困難な時代を迎えています。
DXは私たちを取りまく社会環境を一変させ、教育のかたちを根底から覆しました。AIが社会を支える新しいOS(Operating System)となって、コミュニケーションからシミュレーションまであらゆるところに進出し、人間の優位性を揺るがす時代がきています。
DXは市民参加型民主主義の新たな可能性を広げる一方で、本物と偽物の区別が困難なディープフェイクや、事実をねつ造するハルシネーション、自分と異なる他者への悪意に満ちたヘイトスピーチが氾濫し、社会の不寛容さと分断を生み出してきました。
情報科目を高校で学んだデジタル世代であるみなさんは、情報科学技術の功利性に目を奪われることなく、論理的に考えて理性的に判断し、水平的、複眼的な視点から対案を提示する、criticalでcreativeな思考力を、大学生活を通してしっかり錬磨してください。思慮のないことばは人の心を傷つけます。自分のことばに責任を持つこと、ことばには責任が伴うことをしっかり心に留めてください。
ウクライナやイラン、ガザ、ダルフールという地名を挙げるまでもなく、世界各地で激化する紛争は、多大な犠牲者や難民を生み、人間精神を蝕み続けています。グローバルサウスにおける経済成長と富の偏在もまた、少子高齢化が進む北へと向かう、人口圧力を増大させています。
法の支配の軽視と力による平和への動き、関税戦争に表象される自国第一主義はショービニズムを加速させ、多様性を掲げDEIA(Diversity, Equity, Inclusion and Accessibility)を推進してきた大学にも、荒波となって押し寄せてきています。
地球環境に目を向けると、100年に一度しか生起しないような大規模気象災害が多発し、甚大な被害をもたらす地殻変動と相まって、私たちの生活や社会基盤を掘り崩しています。カーボンニュートラルを基軸とするGX(Green Transformation)への取り組みが進んでいますが、気温上昇を止めるための1.5℃の約束は破綻し、地球は沸騰しつつあります。
地球市民であるみなさんひとりひとりが、これらの課題に関心を寄せ、本学での学びを通して涵養される複合知や経験知をたずさえて、混迷する世界に希望のスペクトルを織りなすべく、行動されることを願っています。待つこと、立ち止まること、遠回りすることがあっても、歩みをあきらめないでください。憎しみや差別、暴力や恐怖から、どうか自由でいてください。
古代ギリシアの哲学者プラトンが理想国家について論じた主著『国家』第4巻によって定式化され、アリストテレスが『ニコマコス倫理学』のなかで、至高の目的である幸福を実現するための条件と呼んだ概念に、枢要徳(Cardinal virtues)と呼ばれる4つの美徳があります。この枢要徳は、ヨーロッパ・キリスト教社会を支える倫理規範として継承、精緻化され、今日では欧州のみならず、広く市民社会の行動理念として、私たちの生き方にも大きな影響を与えてきました。
4つの美徳とは「知恵」「勇気」「節制」「正義」を指します。「知恵(Prudence)」は、物事の本質を見抜き、正しい判断を下す理性的な力です。「勇気(Fortitude)」は、困難や恐怖に直面しても、真理を貫き善を追求する力を意味します。「節制(Temperance)」は、欲望を抑え理性に拠って行動する、調和を保つ自制心です。「正義(Justice)」とは、社会の一員として公正かつ公平に活動すること、各人が自分のなすべき仕事を行うことを指します。
大学はみなさんをひとりの大人として扱い、自分の行動に責任をもつことを求めます。ギリシア哲学の系譜を引くこの4つの美徳をクレドとし、しっかりとした自己管理のもとで、生きていくための輪郭を大学生活のなかで形づくってください。
大学は多様な感性を持った他者と出会い、自己を相対化できる場所です。大学時代に得た友人は生涯の友になると言われています。一期一会を大切に、切磋琢磨できる多くの学友に出会ってください。ともに迷い、ともに苦しみ、感動を分かち合い、恵まれた幸運に感謝しながら、手をたずさえて進んでください。苦しくて切ないときには、人を頼る勇気を持つことです。
みなさんは私たちが未来に届ける大切な贈り物です。まだ見ぬ世界の鼓動を感じ、新しい風を大きな翼に変えて、さらに高く、遠くへと蒼空を翔けてください。
Together, we can change the world for the better.
おめでとう。兵庫県立大学にようこそ。
令和8年4月7日
兵庫県立大学学長 髙坂 誠
