令和5年度学位記授与式

桜花のもと、本日ここに学部学生1,181名、大学院生等429名、合わせて1,610名の学友が兵庫県立大学から旅立ちます。

厳しい新型コロナ禍の制約のなかにあっても弛みない努力を続け、晴れて卒業・修了されるみなさんに、心からの祝福と敬意を表します。

卒業生・修了生のみなさんは、この広い兵庫県内に点在する多様性に富んだ九つのキャンパスに分かれて勉学に励み、変貌する時代の要請に応える専門的知識と技術を身につけるとともに、感性を研ぎ、誠実でしなやかな人間力を涵養してこられました。

新型コロナの、人と人の間を裂き隔つ強い力に負けることなく,さまざまな試練に直面しながら、希望を紡ぐという困難な作業に取り組んでこられた大学生活のなかで、みなさんはひとりではありませんでした。今、喜びに満ちている、ほっとしている、そうした思いを、みなさんの成長を心待ちにされてきた誇らしい保護者や周囲のかたがたと、感謝の気持ちを込めて分かち合ってください。

本日の学位記授与式には兵庫県知事齋藤元彦さま、兵庫県議会副議長徳安淳子さま、芸術文化観光専門職大学学長平田オリザ先生をはじめ、多彩な来賓のみなさまが、お忙しいなか、祝福に駆けつけてくださっています。ご来賓のみなさま、学生生活を支えてくださった地域のみなさまに、改めて御礼を申し上げます。

ここで少し現代社会の動向について言及しておきます。私たちは不確実性が高く、将来の予測が困難な時代のなかで、大きな危機に直面しています。 世界の存続を揺るがす深刻な脅威に人間精神はむしばまれ、多くの命が失われ、すべての生命にとっての生存基盤が破壊され続けています。

みなさんはAI・IoTに代表される情報科学技術の急速な進展と、グローバル化、世界の一体化という、二つの大きな波が押し寄せる激動の時代に出て行かれます。

DX・デジタルトランスフォーメーションは私たちを取りまく社会環境を一変させました。AIがあらゆるところに進出し、人間の優位性を揺るがす時代がすぐそこにまで来ています。DXは市民参加型民主主義の新たな可能性を広げる一方で、ディープフェイクやヘイトスピーチが流布し、格差と分断を生み出してきました。

私たちを待ち受ける未来が、George Orwellが『1984』のなかで描いた世界や、映画『The Terminator』のAI、「Skynet」が支配する世界であってはなりません。そのためにも、自ら考え判断する力、批判的知性critical thinkingと、複眼的な思考から対案を提示する力、創造的知性creative thinkingを磨き続けてください。

ウクライナやガザ、ダルフールという名前を挙げるまでもなく、好戦的な権威主義体制により世界各地で繰り返される戦争やテロリズムは、多大な犠牲者や難民を生み出し、貧困を加速させています。

気候変動や地殻変動もまた、私たちの暮らしや生物多様性に大きな脅威をもたらしています。カーボンニュートラルを基軸とするGX・グリーントランスフォーメーションへの取り組みが進んでいますが、気温上昇を止めるための1.5℃の約束を実現するには遠く、地球は沸騰しつつあります。

国際社会の一致した目標であるSDGsの達成に赤信号を灯しているこれらの危機は、残念なことに、私たち人間が引き起こしたものです。だからこそ、多岐に及ぶ課題を克服するために、地球市民の叡智を結集しなければなりません。人々が国境を越えて友愛の精神で結びつき、力を合わせることによってのみ、分水嶺にある現代の、来るべき時代の挑戦に打ち勝つことができます。

私たちの自由も、平和も、繁栄も、所与のものではありません。さあ、勇気を出しましょう!けっして終了の鐘を鳴らさないことです。未来を偶然に委ねてはなりません。未来の豊かさや富を現代世界が収奪することは許されません。

他者の痛みを分かち合い、手を差し伸べることのできるみなさんのやわらかな感性と澄んだまなざしで、私たちを取り囲む壁を崩し、未来のグローバル・ダイバーシティ社会を、ボーダレス社会を切り拓いてください。

さて、兵庫県立大学は多くの先達や関係者のみなさまからの温かいご支援、溌剌とした学生たちのエネルギーよって先導的な公立大学としての地歩を固め、本年、創立20周年を迎えます。

私たちは齋藤知事の強力なリーダーシップのもと、県立大学の授業料無償化等、若者・Z世代を支えるためのさまざまな施策を打ち出してきた、設置者である兵庫県と連携をとりながら、他にない、とがった魅力を持ち、世界に通用する学知の空間になるために、みなさんが誇りに思える母校になるために、創造的改革を進めていきます。

みなさんと大学との絆は卒業、修了すれば切れるものではありません。これからも人生100年時代を生涯にわたって学び続けるみなさんを支え、学び直し、リスキリングの機会を提供していきます。

兵庫県立大学はみなさんの大切な母校であり、帰ることのできる故郷です。時間があれば、いつでもキャンパスに立ち寄ってください。教職員や後輩たちは、みなさんの活躍ぶりや失敗談を聞くのを楽しみに待っています。

ドイツ生まれのユダヤ系歴史哲学者ヴァルター・ベンヤミンのよく知られた言葉のなかに、「夜のなかを歩みとおすときに助けになるのは橋でも翼でもなく、友の足音だ」、という一文があります。

大学時代に得た友人は生涯の友になると言われています。同じ時代に学生生活を送った学友を大切にし、お互いに切磋琢磨しながら、希望の光を求めてともに歩みを進めてください。

式辞を終えるに当たって、悲しいお知らせがあります。すでに報道でご存じのことと思われますが、昨年3月まで本学理事長を5年間務められ、熱意を込めて大学改革をリードされてきた、敬愛する五百旗頭眞先生が本年3月6日に急逝されました。大学を代表して心から哀悼の意を捧げます。

人間に対する揺るぎない信頼に基づいて書かれた名著『大災害の時代~三大震災から考える』のなかで、先生は地殻変動と気候変動に脅かされる「この災害列島の住人は、だれもが被災者となりうるのだ。この列島の住人は「連帯と分かち合い」をもって支え合う以外に、大災害を克服することはできないのだ。自己の存立のためにも、共助の手を差し延べ合う以外にない」と、自らの悲痛な体験を踏まえながら綴られています。

私たちは、人々が恐怖から逃れ、安心して暮らせる自由で公正な社会を目指して、お互いを信頼し支え合いながら行動しなければなりません。それこそが五百旗頭先生の思いを引き継ぐことであり、SDGsの「誰一人取り残さない(leave no one behind)」を実現する方途でもあります。

地域をも包摂するグローバル市民社会のなかで、グローバルな公共空間のなかで、豊かな多様性を有する地球の未来に責任をもつ若者として、みずからの力を信じ、新たな一歩を踏み出してください。新型コロナ禍の困難なときにあってもけっしてくじけなかった経験は、これからもみなさんを奮い立たせる力になってくれるでしょう。

ことばが世界を包む時、世界は愛に包まれます。他者のために祈りを捧げるとき、他者の名前は私たちの名前になります。

みなさんが、しなやかな一本の木のように根をはり枝葉を広げて大きく成長することを、美しい人生の物語を紡いでいくことを信じ、みなさんと豊潤な時間を共有できたことに感謝して、私からのお祝いの言葉とします。

おめでとう!

令和6年、西暦2024年3月22日
兵庫県立大学学長
高坂 誠(Makoto KOSAKA)