森林生態系におけるメタン動態の解明
桐生水文試験地@滋賀県大津市
Introduction
近年,地球温暖化問題の顕在化により,温室効果ガス発生機構の解明に対する社会的要請が高まっている.メタン(CH4)は二酸化炭素に次ぐ重要な温室効果ガスであり,現在その大気中の濃度増加が懸念されている.
地球上におけるメタンの濃度変動は主に陸上地表面における放出・吸収過程によって規定され,現在,限られた種類の土壌表面におけるメタンフラックス(フラックス=地表面における交換量)観測の結果から,全球のメタンの収支が推測されている.
しかし,それらフラックスは時空間的に非常に多様であるために,地域的にも未だ正確な放出・吸収量が把握されるには至っておらず,その結果から推定した全球のメタン収支についても正確な値が得られているとはとうてい言い難い.そのため,新たな戦略での観測蓄積が不可欠になっている.
Objective
メタンの地表面における放出・吸収過程は土壌中のメタン生成・酸化の両過程によるものであり,それらは土壌中の酸化還元状態に影響される.一般に,メタンは乾燥した土壌では酸化・吸収され,水で飽和した土壌では還元的環境下で生成・放出される.
これまで,森林土壌におけるメタンフラックスの研究は,その面積割合の大きさのため比較的乾燥した土壌における吸収能に重点をおいて行われており,その結果をもとに森林はメタンの最も有効な吸収源となると推測されてきた.
しかし,実際には温帯湿潤地域における森林流域は,不飽和条件の斜面土壌だけでなく,流域の谷底部や渓流周辺の渓畔域に湿地状地形が見られる場合が多い.森林流域におけるメタンの収支を考える上で,これらの湿地を含めた放出・吸収の空間分布とその生成・酸化機構を把握する必要があり,本研究はその把握を目的に行われている.
Topics
特に
森林林床におけるメタン酸化・吸収機構
森林はその大部分が水で不飽和な条件下の土壌で構成されるため,一般にメタンの主要な吸収源として捉えられている.
しかし,ひとえに林床土壌といってもその水分条件は時空間的に非常に多様であるため,個々の部位におけるメタンの吸収量というものは非常にばらつきの大きなものであると考えられる.
本研究は,林床土壌の水分条件の季節的・空間的なばらつきに着目して,各部位におけるメタン吸収量というものをより正当に評価しようとするものである.
桐生試験地で行った林床部分における観測では、斜面上部・中部・下部の3つの地点でメタンフラックス観測を行った。
その結果、土壌水分条件が比較的乾燥していた斜面上部では年間を通じてメタンの吸収が観測された一方で、斜面下部のような湿潤な部位では、高温期にメタンの生成が酸化より大きくなり、放出フラックスに転じていることが明らかになった。
詳細な結果はItoh et al. (2009, Soil Biology & Biochemistry)参照
森林湿地における生物地球化学過程がメタン生成・放出に及ぼす影響の解明
森林の流域内部には河道周辺のRiparian zone(渓畔域)などに湿地状の地帯が形成されることが多い.これらの森林湿地においては降水や気候条件の変動などの影響を受け、水文条件が刻々と変動していると考えられる。湿地土壌中では、こういった水文・水分条件の変動の影響を受けて酸化還元条件が変動し卓越するBiogeochemical(生物地球化学的)な反応が移り変わっていると考えられる。
その中でもっとも還元的な環境で起こるとされるメタン生成は各種水質条件の変動と密接に関わっていることが考えられる.本研究ではこのような観点に基づいて、森林流域内部の湿地におけるBiogeochemicalな反応とメタン生成・放出について詳細に観測を行い、森林湿地のメタンの放出源としての働きについて考察した。
降水パターン(特に夏季の降雨の多寡など)が湿地内部の酸化還元環境に影響の年次変動を作り出していることが、3年間にわたる観測から明らかになった。また、降雨時には斜面から溶存酸素を多く含んだ水が、湿地内部に流れ込むことで酸化的環境が形成されることなども明らかになり、これは森林渓畔湿地特有の現象と考えられた。
詳細な結果はItoh et al. (2007, Journal of Geophysical Research-Biogeosciences)参照
炭素安定同位体比の解析によるメタン生成・放出機構の解明
メタンは主に、酢酸発酵によるものと二酸化炭素の水素を用いた還元によるものの2つの経路から生成されると考えられている。また、既往研究からこれら2つの経路から生じるメタンの炭素・水素安定同位体比が大きく異なることが示されている。本研究では、地下水中の溶存メタン・二酸化炭素を中心にその炭素安定同位体比を求め、その解析により、森林内部でのメタン生成機構がどのように時空間変動するかについて調査した。
湿地の間隙水中に溶存するメタンや二酸化炭素の炭素安定同位体比(δ13C)の観測結果から、上述の降水パターンの年次変動による酸化還元環境の違いが、夏季のメタン生成の経路の変動にも影響していることが明らかになった。
詳細な結果はItoh et al. (2008, Journal of Geophysical Research-Biogeosciences)参照
レーザーメタン計による高精度高時間分解のメタンフラックス観測
共同研究者の坂部さんを中心に、レーザーメタン計を用いたメタンフラックス観測を行っている。特にモンスーンアジアの特徴である夏季の降水の増大がメタン生成・酸化過程に対してどのように影響するかに着目して観測を行っている。
詳細な結果はSakabe et al. (2015, Journal of Geophysical Research-Biogeosciences)参照
関係する論文
水文・水資源学会誌18, pp. 244-256.
Itoh, M.,Ohte, N.,Koba,K.,Katsuyama, M.,Hayamizu, K.,Tani, M. (2007)
J. Geophys. Res., Vol. 112, G01019 (doi:10.1029/2006JG000240)
Itoh, M.,Ohte, N.,Koba, K., Sugimoto. A., Tani, M. (2008)
J. Geophys. Res., VOL. 113, G03005 (doi:10.1029/2007JG000647)
Itoh, M.,Ohte, N., Koba, K. (2009)
Soil Biol. & Biochem. VOL. 41, pp;388-395 (doi:10.1016/j.soilbio.2008.12.003)
Sakabe, A., Hamotani, K., Kosugi, Y., Ueyama, M., Takahashi, K., Kanazawa, A., Itoh, M.(2012)
Theor. Appl. Climatol. 109: 39-49
Kamakura, M., Kosugi, Y., Nakagawa, R., Itoh, M.(2012)
Journal of Agricultural Meteorology 68: 25-33
Itoh, M., Kosugi, Y., Takanashi, S., Kanemitsu, S., Osaka, K., Hayashi, Y., Tani, M., Abdul Rahim, N. (2012)
J. Trop. Ecol. 28, 557-570
Sakabe, A., Kosugi, Y., Takahashi, K., Itoh, M., Kanazawa, A., Makita, N., Ataka, M. (2015)
J. Geophys. Res. Biogeosciences, 120, doi:10.1002/2014JG002851.
Field observation
滋賀県南部に位置する桐生水文試験地内の湿地及び林床
マレーシア・Pasoh森林保護区
Pasoh保護区
インドネシア・パランカラヤの天然林・焼け跡など
パランカラヤに設置したメタン計
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業績